薄桜鬼 土方×千鶴
春一番
春の陽気が冬の終わりを告げる。
そんな天気の良いある日、洗濯物を取り込んでいると、ひときわ強い風が吹き付けた。
「あ、待って!」
強風で飛ばされた洗濯物を追うが、ひらひらと舞い、近くの木に引っ掛かってしまった。
手を伸ばしても到底届くようなところではない。近くには長い木の枝などもない。
千鶴は腹をくくり、木に登ることにした。
木登りは幼い頃よくやっては危ないと怒られたことを思い出しながら登っていく。
登りやすい木だったため、すんなり登ることができたのだが、洗濯物は枝の先にあり届きそうにない。
揺らせば落ちるかと木の枝を揺らしてみたが落ちてはくれない。
木の枝を伝っていこうと一歩踏み出すと思いのほか大きく枝がしなった。
落ちる―――
時すでに遅し。落ちた時の衝撃を覚悟して歯を食いしばり目を瞑る。
だが、次の瞬間、痛みとは違い柔らかい何かに包まれた。そして何かが頬をくすぐっている。
千鶴は恐る恐る目を開けた。
「大丈夫か?」
「ひ、土方さん!?」
土方は木の下で千鶴をしっかり受け止めていた。
目の前には土方の顔があり、頬をくすぐっていたのは土方の前髪だった。
「え、あ、あの、降ろしてください!」
「暴れるんじゃねえよ。落ちるだろ」
そういって驚き慌てふためく千鶴を抱きかかえたまま体勢を変える。
お姫様だっこ状態の千鶴は顔を真っ赤にして、口をパクパクさせている。
あまりにも可笑しくて土方は鼻で笑う。
「ったく、おまえは危なっかしくて目が離せねえよ」
「だ、だって・・・」
「あんな危ないことしなくても、誰か呼べばいいじゃねえか」
「皆さんお忙しいから、お邪魔したら悪いと思って・・・」
「だからって、おまえが怪我したらどうするんだ!」
「怪我なら、すぐ治りますから・・・」
「そういう問題じゃねえ!!」
土方の剣幕に千鶴は反射的にぎゅっと目を瞑った。
千鶴は鬼の力で怪我をしてもすぐに治ってしまう。
だが、それでも土方は千鶴が怪我するのを見たくはなかった。
「怒鳴っちまって悪い・・・ だがな、たとえ怪我がすぐ治ろうと、俺はおまえに怪我して欲しくねえんだ」
土方はぷいと顔を背けた。わがままを言っているのはわかっていた。
それでも譲れないほどに嫌だったのだ。
「ありがとうございます・・・ すごく、嬉しいです」
怒られた筈なのに、千鶴は土方の気持ちが嬉しくて、思わず喜んでしまった。
礼を言われるとは思っていなかった土方は驚くように千鶴を見た。
土方に向けられた満面の笑みが嘘ではないことを語っていた。
「・・・斎藤さんも平助くんもいなくなって、皆さんがお忙しい時にご迷惑おかけしたくなかったんです。
少しでも皆さんのお役に立ちたかったんです・・・」
「だからってなんでも一人でしようとするな。もっと周りを頼っていいんだからな。
新八たちは巡回でいない時もあるから、これからはなんかあったら俺に言え」
「でも、土方さんもお忙しいじゃないですか」
「そんなことは気にしなくていい。俺がいる時は俺に言え。いいな」
「はい・・・」
ムキになる土方の様子に、千鶴は不思議そうに首を傾げた。
土方もまた、何をムキになっているのかと自分自身に呆れて溜め息をつく。
「・・・あの、そろそろ降ろしてくれませんか?」
「あ、ああ、そうだな・・・」
土方は千鶴の足を地に着くよう傾けて降ろす。そしてすぐ千鶴に背を向け屈んだ。
「千鶴、肩に乗れ」
「ええ!?」
「いいから早くしろ」
土方が言い出したら聞かないのは知っている。千鶴は言われた通り肩に乗った。
肩車された千鶴の目の前にはちょうど洗濯物があった。土方は洗濯物を取ったのを確認し再び降ろした。
「ありがとうございました!」
洗濯物を大事そうに抱えながら千鶴は深々と頭を下げた。よくよく見るとそれは土方の物だった。
土方は満足そうに微笑み、千鶴の頭を撫でた。
そして、この日は一日土方の機嫌が良く、沖田たちが気味悪がっていたとか。
◆ あとがき ◆
今年は春一番が吹かなかったとか、そんなニュースを聞いて思い付いた話です。
時期は西本願寺で斎藤と藤堂が離隊してすぐの頃。
人が減って急がしそうにしている土方さんたちのために少しでも力になりたい千鶴ちゃんの思いと、
そしてそんな千鶴ちゃんが心配な土方さんの思いが伝わればいいなと思ってます。
夏に向けて書いてる原稿が甘すぎて、その反動でちょいと甘さ控え目になってます^^;
(2012年4月21日)