薄桜鬼 土方×千鶴

名前で呼んで

「あ、おーい! 千鶴ー!」

平助くんは大きく手を振って私の名を呼んでくれる。

「どうしたの? 千鶴ちゃん」

沖田さんは何か企んだ顔をして私の名を呼んでくれる。

「それを取ってくれるか、雪村」

朝ご飯を作りながら斎藤さんは私の名を呼んでくれる。

「大丈夫だ、千鶴」

原田さんは大きな手で優しく頭を撫でながら、私の名を呼んでくれる。

それなのに。

「なんでおまえがここにいる?」
「おまえは屯所で大人しくしてろ」
「おまえはどうする?」

この人はどうして私の名を呼んでくれないのだろう。

千鶴はいつものようにお茶を土方の部屋へ運ぶ。

「土方さん。お茶をお持ちしました」
「ああ、そこに置いてくれ」
「どうぞ。それではこれで」
「待て。おまえ、これを近藤さんのところに持っていってくれ」

(まただ。どうして・・・)

「おい、どうした?」

千鶴は俯いたまま。
土方はどうしたのかと、千鶴の顔を覗き込もうとする。

「・・・どうしてですか?」
「な、なにが・・・」
「どうして土方さんは名前で呼んでくれないんですか!
いつもいつもおまえって。みんなは名前で呼んでくれるのに!
わたしには雪村千鶴という名があるんです!
ちゃんと名前で呼んでください!!」

食ってかかるような勢いに、土方はあっけらかんとした顔で千鶴を見る。
顔を真っ赤にさせて怒っていた千鶴はハッと我に返り、恥ずかしさのあまりその場にへたり込む。

(わたし、なんてことを・・・)

「・・・わかったよ、雪村」
「え・・・?」

土方は千鶴の頭をそっと優しく撫でる。

「言われるまで考えたこともなかったが、おまえの・・・雪村の言うとおりだ。
これからは気をつける。悪かったな」
「いえ、そんな・・・」
「それともなんだ。千鶴って名前で呼んで欲しいのか?」

土方が悪戯っぽく笑うと、千鶴の顔はますます真っ赤に染まる。

「そ、そんなんじゃありません~~~」

千鶴は逃げるようにその場を後にした。
だが、用を頼まれていたことを思い出し、すぐに戻ってくるのであった。

数年後―――

「ってことがあったよな」 「そんなこともありましたね、土方さん」

二人は仲良く談笑する。 だが、土方はどことなく不満そうだ。

「人にはあんな風にいっておいて、千鶴、おまえはなんで名前で呼ばねえんだ?」
「え・・・?」
「俺たちは祝言を挙げて夫婦になったんだぞ。いつまで“土方さん”なんだ」
「それはその、恥ずかしくて・・・ わたしの中では土方さんは土方さんなんです」
「ふーん。じゃあ名前で呼ぶまで口聞いてやらないからな」
「そ、そんな、ずるいです・・・」

千鶴は恥ずかしそうにもじもじしている。 土方はただずっと待っている。

「と、と、とし、歳三さん・・・」

千鶴は消え入りそうな声で、頬を真っ赤にして愛しい人の名を呼ぶ。
名前を呼ばれた土方は満面の笑みを浮かべて、愛おしそうに千鶴を抱きしめるのだった。

◆ あとがき ◆
本編進めてたら土方さんってあまり名前で呼んでくれないなと思って、勢いに任せて書いてみました。
屯所時代とEDのお話です。
(2011年11月23日)