薄桜鬼 土方×千鶴

怖いもの

「お茶をお持ちしました」

いつものように千鶴は土方の元へ茶を運ぶ。
すると、土方はめずらしく振り返り茶を受け取った。
丁度一仕事終えたようだ。

「昼間だってのに暗いな。一雨きそうだな」

その言葉と同時に、遠くの方で雷鳴が轟いた。
千鶴はぎこちなく頷く。
違和感を覚えた土方は眉間に皺を寄せる。

「どうした?」
「あ、雨が降る前に洗濯物を取り入れてきます」
「待て、俺も手伝う。一人より二人の方が早いだろ」
「そんな、とんでもないです! 土方さんはお忙しいのですから、少しはお休みになってください」

まるで何かを隠すような慌てぶりに、土方は疑いの目を向けた。

「何言ってやがる。これぐらい大したことねえよ。
それにだ、ずっと机に向かってたら体が鈍って仕方ねえ」
「ですが・・・」
「ほら、急がねえと雨が降り出すぞ」

時折聞こえる雷鳴は少しずつだが確実に近づいていた。
土方は立ち上がり表に出ると、千鶴は慌ててその後を追った。
そして、洗濯物をすべて部屋の中に取り入れると丁度雨が降り出した。

「ぎりぎり間に合ったな」
「そうですね・・・」

いつもならシャキっと答える千鶴と打って変わり、どうにも様子がおかしい。
気になった土方はその場に残り、千鶴と共に洗濯物を畳み始めた。
千鶴は無言のまま黙々と畳み続ける。
本来ならば土方が手伝うなどあってはならないと断るはずだ。

「千鶴。どうした? 何かあったのか?」
「え? な、何も、ないですよ・・・」
「そんなこたぁねえだろ。何を隠してる。何かあるなら言ってみろ」
「本当に大丈夫ですか・・・きゃっ」

激しい稲光と共に、地に響くような轟音が屯所を襲う。
千鶴は咄嗟に土方の腕にしがみついていた。
土方は一瞬何があったのかと思ったが、声をあげて笑い出した。

「わ、笑わないでください・・・」
「おまえ、雷が怖えのか」

くっくっと必死に笑いを堪える。
千鶴は真っ赤になった顔を土方の袖で隠してしまった。
目の前で人が斬られても泣かなかった千鶴が、まるで小さな子どものように怯えている。
気が強く可愛げがないと思いきや、時折見せるひょんなことに愛しさを覚える。
土方は大丈夫だと言わんばかりに千鶴の頭を優しく撫でた。

「父様・・・」

ぽつりと呟かれたその一言に土方は我に返る。

(そうだ、俺はこいつの父親を見つけるのが目的で・・・)

いつも明るく一生懸命な千鶴に好意を抱く者は少なくない。
他の隊士同様に土方は自身に芽生えた淡い想いを自覚し始めていた。
だが、選ぶのは千鶴だ。
手に入らないものだと何度も自分自身に言い聞かせる。
すると、千鶴がやっと顔を上げた。

「・・・小さい頃からずっと雷だけは苦手だったんです。
だから、いつもこうして父様にしがみついていました。
父様がいなくなってからは一人でも大丈夫だって頑張ってたんですけど、わたし、全然ダメですね」

苦笑するその顔は遠い日を思うような寂しそうなものだった。
土方は抱きしめたい衝動をぐっと堪え、千鶴の手を取り握りしめる。

「・・・ったく、しょーがねえな。これからは俺のところに来い」
「え、いいんですか? ご迷惑では・・・」
「構わねえよ。そのかわり他の野郎のとこには行くなよ。
何されるかわかったもんじゃねえからな」
「はい! ありがとうございます」

千鶴は深々と頭を下げたが、再び大きな雷鳴が轟き、ぎゅっとしがみついた。
腕を掴まれたままでは洗濯物が畳めない、そう思った土方は千鶴を背に回らせた。
雷が鳴り止むまではと一人洗濯物を畳み続ける。
だが、背中の温もりが心地良いのか、千鶴はいつの間にか眠っていた。
何日か前の晩にも雷が鳴っていたと土方は思い出す。
翌日、昼間からうとうとしている千鶴を見かけたことも。
あの日は眠れなかったのか、と一人納得する。
その顔には笑みがこぼれていた。

梅雨の雨続きで朝から晴れていたからと部屋には大量の洗濯物がある。
巡察から戻ってきた斉藤は気づくなり部屋に飛んでやってきた。

「どうして副長がこのようなことを・・・ 雪村は?」
「静かにしてくれ。起きちまう」

土方の背で眠る千鶴に気づいた斉藤はバツが悪そうな顔をした。

「ここしばらく眠れてなかったみたいでな。今はそっとしてやってくれ」
「し、しかし・・・」
「俺も気づいてやれなかったんだ。だから気にするな」
「副長がそうおっしゃるのであれば・・・ 俺も手伝います」

そして雷も止み、すっかり空も晴れ渡った頃。
千鶴が目を覚ますと幹部たちが集まり、やいやい言いながら洗濯物を畳んでいた。

「お、やっと起きたか、千鶴」
「おはよー、千鶴ちゃん。よく眠れた?」
「じゃあ後は任せたからな」
「えーもう行っちゃうんですか?」
「仕事が残ってるからな」

どことなく上機嫌の土方は軽やかな足取りで自室へと戻っていった。
その後、千鶴は沖田たちに冷やかされ、結局雷が苦手なことがばれてしまう。
散々笑われて一日しょんぼりしていたそうだ。

◆ あとがき ◆
千鶴ちゃんが怖いものってなんだろうと考えてたら丁度雨が降ってたので、それをヒントに書き綴ったものです。
目の前で人が斬られても砲口や銃声が聞こえても耐えられるのだから他に何があるのかと思ったらこれしかないよね。
千鶴ちゃんが可愛くて甘やかしてしまう土方さん。おいしい思いをしててちょっと羨ましかったり(笑)屯所時代のお話です。
(2011年12月30日)