薄桜鬼 土方×千鶴

優しい鬼

夜も更けた頃。
千鶴は寝つけず自室の前の縁側に座り、ぼんやりと空に浮かぶ月を眺めていた。
ここに連れられてきたあの日も綺麗な月が出ていた。
刃を向けられていたのにも関わらず、月を背にしたその姿はとても美しいと思った。
懐かしむように目を細め、そして自然と名を口にしていた。

「土方さん・・・」
「・・・俺がなんだ?」

背後から聞こえた声に驚き、飛び上がるようにして立ち上がる。
そして恐る恐る振り返り様子を伺う。
月明かりに照らされた土方の表情は透き通るように白く美しい。
だが、不機嫌だと言わんばかりに眉間の皺がくっきりしていた。

「こんな時間に何してやがる。さっさと部屋に戻らねえか」
「あの、えっと・・・」

言い訳も許されず手首を掴まれ、部屋の中へと連れていかれる。
ふすまを閉めたと思いきや、目の前が急に暗転しドンと背中に痛みが走った。
突然のことに困惑し、目をパチパチさせながら状況を必死に把握しようとしたが、
目の前には端正な土方の顔があり、真剣な眼差しに射抜かれ目を逸らすことさえできない。
千鶴の頬は真っ赤に染まり、胸の高鳴りを抑えようとするが鼓動は早くなるばかり。

「ど、どうして、こんな・・・」
「おまえは女としての自覚がないのか?
もしこんな風に隊士どもに押さえつけられたらどうする?」
「そ、その時は、助けを呼びます!」

当たり前のような答えに土方は項垂れた。
わからないならわからせるまで。
睨みつけると千鶴は反射的に怒られると思い、ぎゅっと目を瞑った。
だが、土方はそっと千鶴の頬に手を添え、柔らかな桜色をした唇を指でなぞった。
千鶴は背中にぞくぞくと何かが走るような気配がして身震いする。

「ひ、ひじ・・・かた・・・さ・・・」

うっすらと目を開け、消え入りそうな声で名を呼ぶ。
土方は押さえつけていた腕が震えていることに気付く。

(俺はいったい何を・・・)

我に返った土方は苦笑しながら千鶴の耳元で優しく囁いた。

「なんもしねえよ。おまえみたいなお子さまにはな」

顔を離すと口を開けてぽかんとしている千鶴の顔が目に入り、ふっと鼻で笑った。

「さっさと寝ろよ」

掛け布団を手荒に投げかけて、土方は部屋を去ろうとする。
その背中に千鶴は慌てて声を掛けた。

「おやすみなさい、土方さん」

振り返ると千鶴は真っ赤になった顔を半分布団で隠し、上目遣いで様子を伺っていた。
その可愛らしい姿に自然と笑みが零れる。

「ああ、おやすみ」

そして土方も自室に戻り、眠りについた。

翌日―――

洗濯物を干し終えた千鶴は土方にお茶を持っていこうと思い、台所へ向かっていた。
その途中、隊士二人に声を掛けられる。

「雪村、ちょっと付き合ってくれないか」
「え、あの、なんでしょうか・・・」

千鶴はあまり話したことがない隊士たちを不審に思い、少しだけ身を引いた。

「いいからいいから。ほら行こうぜ」

一人の隊士が千鶴の腕を掴んだ。

「は、離してください。わたしはまだやることがあるんです」
「そんなの後にして、俺たちに付き合えって」

もう片方の腕をもう一人の隊士が掴む。
千鶴は逃げようにも逃げられなくなった。
その様子を庭で剣の手合わせをしていた沖田が気付く。

「・・・一君、あれ、マズくない?」
「最近、入ってきたやつらだな」
「どうする? 助けるの?」
「後々問題になっては困るだろう」
「自業自得だろうけど、しょーがないね」

めんどくさそうに沖田が答えると斎藤は溜め息をつく。
一足先に千鶴の元へ向かおうとしたが、それを沖田が制止した。

「一君、待って。僕たちが行かなくても大丈夫そうだよ」
「なぜだ・・・?」
「鬼が来たからさ」
「・・・鬼だと?」

この数日、鬼の話題で持ちきりだったため、斎藤は辺りを警戒する。

「違う違う。元々ここには鬼がいるじゃない。ほら」

くすりと沖田は笑う。
沖田が指をさした方を見ると千鶴の元へ向かう一人の鬼がいた。
鬼の姿を確認した斎藤は安堵して、沖田と共に終始見守ることにした。

「おい、おまえら。そこで何してる」
「ふ、副長!?」
「あの、雪村にも手伝ってもらおうと思って」
「・・・何をだ?」
「えっと、その・・・」
「か、片付けを。書庫の片付けを手伝ってもらおうと・・・」

慌てた隊士たちを不審に思い、土方は隊士たちを睨みつけた。
隊士たちはそれ以上何も言えなかった。

「・・・こいつには俺から用を伝えてある。他をあたれ」
「は、はい! わかりました」
「雪村も用があったならそう言ってくれれば・・・」
「わ、わたしは・・・!」
「もういいから、さっさといけ」

千鶴は用があり断ったと言おうとしたが、土方がそれを阻んだ。
隊士たちがその場を後にすると、土方は大きくため息をつき怒りを露わにした。

「・・・ったく、だから言っただろう。おまえは女として自覚が・・・!?」

最後まで言い終えず、突然のことに土方は目を見開き驚く。
千鶴が土方の胸に顔を埋めるようにして抱きついたのだ。
これには様子を見ていた沖田と斎藤も驚いた。

「千鶴ちゃん、大胆だねー」
「総司・・・」

面白そうに見ている沖田を斎藤が咎めた。
だが、その後さらに驚くことになる。
千鶴は何も言わず、ただ必死に何かを堪えていた。
その姿がいたたまれなくなった土方はそっと優しく抱きしめた。

「・・・怖い思いさせてすまねえ。守るって約束したのにな」

守ってくれた。
そう言わんばかりに千鶴は顔を横に振るが、涙がポロポロと溢れる。
土方はまるで子どもをあやすように背中をぽんぽんと撫でた。
その顔はとても鬼とは思えない優しいものだった。

「・・・珍しいもの見れたね」
「副長もあんな顔をされるんだな」
「みんなに言いふらしちゃおっかな?」

沖田がくすくす笑うと斎藤は再び溜め息をつくが、どこか嬉しそうな顔で様子を見ていた。
その日の晩、土方が沖田を追いかけ怒鳴っていた姿を多くの隊士が目にしたとか。

◆ あとがき ◆
ひじちづが足りないー!と思って勢いで書いてしまいました。屯所時代のお話。
千鶴ちゃんが鬼だと告げられた後ぐらい。随想録をプレイしたら土方さんの印象が本編と大分変わりました・・・
千鶴ちゃんを一人の女性として見てしまい我に返る土方さんと、鬼副長だと言われるけど千鶴ちゃんにはなんだかんだ言いつつも甘くて優しい土方さんが書きたかっただけです。
本当は漫画にしたいけど画力がないので諦めました。誰か描いてくれないか・・・
(2011年12月18日)